富山県発祥のもの30選|虫刺され薬もファスナーも実は富山生まれ

実は富山が発祥(カラフルなファスナー)
目次

知ってた?全国の家庭にあった富山発祥 4選

腕に虫刺され薬を塗っているところ
かゆみ止めの定番「ムヒ」は富山県上市町生まれ

昔から何気なく使っていた製品や商品はいつどこで生まれたのか、疑問に思ったことはありませんか?
富山発祥を調べていると、全国どの家庭にもあったものがたくさん見つかりました。

ムヒ(上市町)——名前の意味は「天下無比」

かゆみ止めの定番「ムヒ」を作っているのは、富山県上市町の池田模範堂です。
創業は1909年で、もともとは置き薬の販売業者でした。
1926年に製造を始めた「ムヒ」という名は、天下無比、唯一無比から取られています。
他に比べるものがない薬を目指す、という宣言でした。
1931年に発売した白いクリーム状のムヒが爆発的に売れ、いまに至ります。

ジャポニカ学習帳(高岡市)——あの表紙は富山生まれ

昆虫や花の写真が表紙になった、あの学習帳。
作っているのは高岡市のショウワノートで、設立は1947年です。
本社は現在も高岡市にあります。
小学校で一度は手にした人が多いはずですが、富山の会社だと知っている人はほとんどいません

YKKファスナー(黒部市)——世界のファスナーを支える

ファスナーで世界的なシェアを持つYKK。
創業者の吉田忠雄氏は富山県魚津市の出身で、いまも黒部市に主力の製造拠点があります。
社名は式会社」の頭文字です。
世界中の服やカバンで毎日使われているものが、富山から出ています。

電気こたつ(富山県)——いまの形を作ったのは富山の人

冬の必需品、電気こたつ。
1932年に富山県の井田源蔵氏が実用新案を申請し、1935年に登録されました
こたつの中で脚を伸ばせるよう、天板の下に断熱材と反射板を付け、その下に熱源を置き、金網で脚が触れないようにする構造です。
電気こたつのアイデア自体はそれ以前にもありましたが、いま私たちが使っている形の原型は富山で生まれました。

歴史と文化の発祥 13選

倉庫に積み上げられた米俵
1918年の米騒動は、魚津の主婦たちから始まった

続いては歴史と文化です。
「暴走族」という言葉から世界遺産の隠れた顔まで、いちばん振れ幅の大きい章になりました。

米騒動(魚津市)——内閣を倒した主婦たち

1918年、米の価格高騰に苦しんだ魚津の主婦たちが立ち上がりました
安売りを求める動きは全国に波及し、当時の内閣を総辞職に追い込みます。
一地方の港町から始まった行動が、国の政治を動かした例でした。

置き薬(富山市)——先に使ってもらい、あとから代金をいただく

家庭に薬箱を置いていき、次の訪問のときに使った分だけ代金を受け取る。
この「配置薬」の仕組みは江戸時代の富山で生まれ、薬売りたちは日本中を歩いて回りました。
「薬といえば富山」のイメージは、ここから始まっています。

暴走族(富山市)——呼び名が生まれたのは富山

いまでは全国で使われる「暴走族」という言葉。
1972年に富山市で起きた騒動をきっかけに、富山県警が公文書に「暴走族」と記載したことが、この呼び名の定着につながったとされています。
モノではなく「言葉」の発祥という、珍しいケースです。

おまけ文化(富山県全域)——ノベルティの元祖は薬売り

商品に「おまけ」を付ける文化のルーツも、富山の薬売りとされています。
江戸時代後期には「富山絵」と呼ばれる浮世絵の版画を、のちには紙風船を、薬と一緒に全国の家庭へ配りました。
買ってくれた人を喜ばせて次につなげる——置き薬と同じ発想です。

運転代行(富山市)——きっかけは黒部ダム

飲酒後に、自分の車を運転して帰ってもらうサービス。
黒部ダムの建設時、富山市内で酒を飲んだ作業員の帰り道の安全のために始まったとされています。
日本の巨大プロジェクトが、思わぬサービスを生みました。

ほたるいか観光(滑川市)——光る海面は、国の特別天然記念物

春の富山湾に押し寄せるホタルイカ。
滑川沖の「ホタルイカ群遊海面」は国の特別天然記念物です。
動物そのものではなく「光る海面」という現象が指定されている珍しい例です。
天正13年(1585)に初めて漁獲されたという伝説が残るほど古くから獲られてきましたが、全国区にしたのは明治後期からの観光PRでした。
遊覧船で定置網の引き上げを見る海上観光は、ここだけのものです。

ビーチボールバレー(朝日町)——腰を治すためのスポーツ

昭和30年代に朝日町で生まれました。
目的は姿勢の改善です。
農作業で腰の曲がった人が多かったため、気軽にできて姿勢が良くなるスポーツとして考案されました。

定置網漁(氷見市)——越中式定置網

魚の通り道に網を仕掛けて待つ漁法で、氷見は「越中式定置網」発祥の地とされています。
富山湾の地形と、そこを回遊する魚の習性が生んだ漁法です。

LRT(富山市)——日本初の本格的な次世代型路面電車

2006年、利用者の減少で廃止も検討されていたJR富山港線を、床の低いスマートな路面電車に生まれ変わらせたのが富山ライトレールです。
これが日本初の本格的なLRT(次世代型路面電車)とされ、車がなくても暮らせる町づくりの先駆けとして、全国の都市から視察が相次ぎました。

塩硝(南砺市 五箇山)——世界遺産は、火薬の里だった

合掌造りで知られ、世界遺産にも登録されている五箇山。
ここで作られていたのが塩硝(えんしょう)、つまり黒色火薬の原料でした。
加賀藩の管理のもと、山深い土地であることを利用して製造されていたと伝わります。
観光地として知られるあの風景に、まったく違う顔が隠れていました。

五箇山和紙(南砺市)——加賀藩の御用紙

同じ五箇山で作られてきた和紙で、こちらも加賀藩に納められていました。
紙と火薬という、まるで違うものを同じ集落が支えていたことになります。

菅笠(砺波市ほか)——全国シェアの大半を占める

時代劇でおなじみのあの笠は、国内生産のほとんどが富山です。
普段は見かけないのに、映像の中では必ず目にしているものでした。

チューリップ栽培(砺波市)——始まりは、農家が取り寄せた10球

春の砺波平野を彩るチューリップ畑。
始まりは大正7年(1918年)、砺波の農家・水野豊造(みずのぶんぞう)氏が10球あまりの球根を取り寄せて試作したことでした。
米作りだけでは、雪に閉ざされる冬の収入がない。
その悩みから生まれた球根づくりは砺波の気候と土に合い、県全域へ広がって、いまでは球根出荷量日本一の産地になっています。

富山発祥の「食」 6選

笹の葉にのせた鱒寿司
富山名物の鱒寿司。「ますのすし」は元は商品名だった

続いては食です。
駅弁の定番から冬の味覚まで、富山湾の地形が生んだものと、北前船が運んできたものが混ざっているのが面白いところでした。

鱒寿司(富山市)——「ますのすし」は実は商品名

富山を代表する駅弁であり郷土料理。
桜鱒を酢で味付けした押し寿司です。
面白いのは名前のほうで、「ますのすし」は駅弁業者の「源」が1912年に作った商品名でした。
それが百貨店の駅弁大会などで知られるようになり、いまでは他の店も「ますのすし」と名乗っています。
富山市内を中心に40ほどの業者があり、押し加減も酢の強さもそれぞれ違います。

白えび(富山市ほか)——「富山湾の宝石」

透き通った小さなえびで、まとまって獲れるのは世界でも富山湾だけとされています。
理由は地形でした。
急に深くなる「藍瓶(あいがめ)」と呼ばれる海底谷があり、そこに白えびが集まります。

富山ブラック(富山市)——ラーメンではなく「おかず」だった

真っ黒なスープで知られる富山ブラック。
発祥は西町大喜とされています。
生まれたのは戦後で、復興作業で汗を流す労働者の塩分補給のために濃い味にしたのが始まりでした。
ご飯と一緒に食べる「おかず」として作られたので、しょっぱいのは当然です。
単体で食べると驚くほど濃いのは、そもそもの用途が違ったからでした。

ブリしゃぶ(氷見市ほか)——富山湾から広まった食べ方

いまや冬の定番になったブリしゃぶも、富山湾が発祥とされています。
寒ブリの脂を、しゃぶしゃぶで軽く落として食べる。
鮮度の良いブリが手に入る土地でしか生まれない発想でした。

氷見うどん(氷見市)——加賀藩に献上されたうどん

手延べで作られる細いうどんで、江戸時代には加賀藩に献上されていたと伝わります。
「日本三大うどん」の一つに数えられることもありますが、この三席目は諸説あって決着していません。

昆布締め(富山県全域)——昆布が獲れない県が、消費量日本一

刺身を昆布で挟んで締める調理法は、富山の定番です。
不思議なのは富山では昆布が獲れないこと。
それなのに消費量は日本トップクラスです。
理由は北前船でした。
北海道の昆布が船で運ばれ、それが根づいて食文化になった。
地元で獲れないものが名物になった、珍しい例です。

全国区になった富山の企業 7選

子どもに勉強を教える女性
「家庭教師のトライ」の原点は富山大学の学生サークル

最後は、富山から全国区になった会社です。
テレビCMでおなじみの会社から、世界的ブランドを支える会社まで。
「えっ、あれも富山だったの?」
が続きます。

家庭教師のトライ(富山市)——始まりは大学のサークル

ハイジのCMでおなじみの「トライ」。
その始まりは、1987年に富山大学の学生が設立した教育サークル「富山大学トライ」でした。
全国に知られる会社の原点が、学生の活動だったというのは意外です。

富士薬品(富山市発祥)——ドラッグストア「セイムス」

ドラッグストア「セイムス」を全国展開する富士薬品は、配置薬から始まった会社です。
ここでも置き薬が出発点でした。

P.A.WORKS(南砺市)——「ないなら自分で作る」で生まれたアニメ会社

温泉旅館で働く少女を描いた「花咲くいろは」、アニメ業界そのものを描いた「SHIROBAKO」など、働く人を主役にした「お仕事シリーズ」で知られるアニメ制作会社です。
アニメ制作は東京に集中する産業なのに、本社は南砺市。
その理由は創業の経緯にありました。
創業者の堀川憲司氏は、「子どもが小学生になる頃には富山に戻る」という家族との約束を守って帰郷します。
ところが富山にも隣の県にもアニメ会社がない。
ないなら自分で作る——2000年に城端町(現・南砺市)で設立した「越中動画本舗」が、P.A.WORKSの始まりです。

光岡自動車(富山市)——日本で10番目の自動車メーカー

クラシックカー風のデザインで知られる光岡自動車は、国内で10番目に自動車メーカーとして認可された会社です。
大手が並ぶ日本の自動車業界に、富山から新規参入した企業があるという事実自体が驚きでした。

ゴールドウイン(小矢部市)——THE NORTH FACEを日本に広げた会社

1950年、西田東作氏が25歳のときに小矢部市で創業した「津澤メリヤス製造所」が前身です。
一般のメリヤスメーカーからスポーツウエアへ専業化し、1958年に「ゴールドウイン」ブランドを立ち上げました。
現在はTHE NORTH FACEの日本展開などを手がけています。
アウトドアの最先端ブランドの背後に、富山の繊維産業がありました。

三協アルミ(高岡市)——アルミサッシの大手

窓やサッシでおなじみの三協アルミは、高岡が発祥です。
高岡は銅器で栄えた金属加工の町でした。
その技術の蓄積が、そのままアルミ産業につながっています。

不二越(富山市)——ベアリングと工作機械

1928年創業。
ベアリング、工作機械、産業用ロボットなどを手がけています。
普段目にすることはありませんが、日本のものづくりを足元で支えているタイプの会社です。

番外編|なぜ「薬といえば富山」なのか

昔ながらの家庭常備薬の木箱
各家庭に置かれた配置薬の木箱。「先用後利」の象徴

ここまで30個を並べてきて、気づいたことがあります。
ムヒの池田模範堂も、富士薬品も、置き薬から始まっているのです。
おまけ文化を生んだのも、薬売りでした。
ジャンルの違う発祥をたどっていくと、同じ商売に行き当たる。
そしてその商売を支えていたのが、富山に伝わるひとつの考え方でした。

始まりは、江戸城の腹痛

そもそも富山の薬売りは、どう始まったのでしょうか。
伝えられているのは、1690年の江戸城での出来事です。
居並ぶ大名の一人が急な腹痛を起こし、富山藩主・前田正甫(まえだまさとし)が印籠から反魂丹(はんごんたん)という薬を取り出して飲ませたところ、たちまち治まりました。
これを見た大名たちが「その薬をぜひ我が藩にも」と求めた——これが富山の売薬の始まりと伝えられています。

富山最大の発祥は「先用後利」

そして富山の薬売りが全国に広めたのが、先用後利(せんようこうり)という考え方でした。
先に薬を置いていき、使った分だけあとから代金をいただく。
代金は次に訪問したときで構わないし、使わなければ払わなくていい。
信用を先に渡す商売です。
現代の感覚で言えばサブスクリプションや後払い決済に近いものが、江戸時代の日本にすでにありました。

富山からは、ファスナーも、学習帳も、かゆみ止めも生まれました。
でもいちばん大きな発祥は、この「先用後利」という商売の思想なのかもしれません。
北前船が運んだ昆布が食文化になり、山深い五箇山では火薬が作られ、薬売りが全国を歩いた。
そこで培われた「ものを作り、信用で売る」やり方が、YKKにも、ゴールドウインにも、ムヒにも受け継がれています。

次に富山へ行くときは、美味しい食だけではなく、人や文化についてもう少し踏み込んで関わってみたいなと思いました。

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