「岐阜って、何があるんだっけ?」
正直、そう思ったことはありませんか。
海がなく、これといった大都市もなく、名古屋の隣。
そんなイメージかもしれません。
でも実は、あなたの身の回りに、岐阜発祥の意外なものが存在しているかもしれませんよ。
今回は、そんな岐阜県が生んだ「発祥」を45個紹介します。
最後には「なぜ岐阜にこれほど発祥が多いのか」という謎解きもお楽しみに。

食の発祥 13選
ハヤシライス(山県市)——名前の由来になった人は岐阜生まれ

ハヤシライスの「ハヤシ」は、早矢仕有的(はやし ゆうてき)という人物の名前だといわれています。
彼は1837年、現在の岐阜県山県市の生まれ。
医師から出発し、慶應義塾で福澤諭吉に学び、1869年に横浜で書店「丸屋」——現在の丸善を創業した人です。
由来は、明治初期に有的が外国人の友人をもてなすために、ありあわせの肉と野菜を煮込んでご飯にかけた「ごった煮」が起源とされています。この料理が「早矢仕さんのライス」と呼ばれたから、という説(『丸善百年史』)。
このように由来には諸説ありますが、誕生の地はいずれも日本であるとされています。
丸善が彼の誕生日にちなんで9月8日を「ハヤシの日」と制定しているなど、丸善とハヤシライスは深い関わりを持っています。(※詳細は丸善ジュンク堂書店の特設サイトをご確認ください)
栗きんとん(中津川市)——駅前に立つ発祥の碑

JR中津川駅前には「栗きんとん発祥の地」の石碑が立っています。
中津川・恵那を中心とする東濃地方が元祖とされ、地域ブランドにも認定されています。
おせちの「栗きんとん(栗金団)」とは別物です。
あちらはサツマイモの餡に栗を入れた黄色いもの。中津川のものは栗と砂糖だけを茶巾で絞った和菓子です。
なお八百津町にも別の説があり、「中津川が発祥とされる」という言い方が正確です。
高山ラーメン(高山市)——スープとタレを一緒に煮込む

昭和13年、屋台から始まった「まさごそば」が高山ラーメンの原点です。
創業者の坂口時宗が、東京の雅叙園で中華そばの作り方を学んで持ち帰りました。
最大の特徴はスープとタレを一つの寸胴で一緒に煮込むこと。
普通のラーメンは丼にタレを入れてスープで割るので、これは全国的にも珍しい製法です。
寒い高山の夜に素早く出すための工夫が、そのまま名物になりました。地元では「中華そば」と呼びます。
全国に知られるきっかけは、映画『君の名は。』でした。
劇中で主人公たちが高山ラーメンを注文する場面があり、そこから「高山ラーメン」という呼び名が県外にも広まったと、岐阜県の観光公式サイトでも紹介されています。
発祥の「まさごそば」をはじめ、聖地巡礼で訪れる人も増えました。
水まんじゅう(大垣市)——湧き水の町が生んだ涼菓

透明な葛に包まれた餡が、井戸水に浮かぶ大垣の夏の風物詩。
明治時代に生まれたと伝わります。冷蔵庫のない時代、豊かな地下水で冷やす涼菓として広まりました。
富有柿(瑞穂市)——甘柿の王様は一本の木から

甘柿の代表品種・富有柿の生まれは瑞穂市居倉。
1884年に福嶌才治が良質な枝を接ぎ木して改良し、1898年に「富有」と名付けました。
なお生産量1位は奈良県。「発祥は岐阜、生産量は奈良」と覚えると正確です。
利平栗(山県市)——「栗の王様」を生んだ一軒の農家

大粒で甘い「栗の王様」利平栗は、山県市大桑の土田健吉が昭和15年頃に育成しました。
中国栗と日本栗を交配したもので、1950年に土田家の家号「利平治」から名付けられています。
飛騨紅かぶ(高山市)——たった1株の突然変異から
飛騨土産の定番、赤かぶ漬け。その原料である飛騨紅かぶは、大正7年に旧丹生川村(現・高山市)で、在来の「八賀かぶ」から偶然生まれた突然変異株がはじまりです。
1株の変異が、飛騨を代表する味になりました。
マクワウリ(本巣市)——地名「真桑」がそのまま作物の名前に
メロンの仲間・マクワウリ(真桑瓜)。
本巣市の旧地名「真桑」がそのまま品種名になりました。飛騨・美濃伝統野菜として今も栽培されています。
明宝ハム(郡上市)——1953年から続く無添加ハム
国産豚肉100%、添加物・保存料なし。
郡上市明宝の第三セクターが作る明宝ハムは、1953年に生産が始まりました。
よく似た名前の「明方ハム」は別会社の別商品です。
鶏ちゃん(下呂市・郡上市)——どちらが元祖とも言えない
卵を産まなくなった鶏をおいしく食べる知恵から生まれた郷土料理。
下呂と郡上で昭和30年代にほぼ同時に商品化され、どちらが元祖とは決められません。
味噌・醤油・塩と、店ごと家ごとに味が違うのが面白さです。
からすみ(恵那市・中津川市)——長崎の珍味と同じ名前の、米粉の菓子
東濃地方でからすみといえば、ボラの卵巣ではなく米粉の蒸し菓子のこと。
子宝の象徴だった珍味のからすみが海から遠いこの地域では手に入らず、形だけ真似た菓子を作ってひな祭りに供えたのが始まりと伝わります。
いのちの壱/龍の瞳(下呂市)——田んぼで見つかった2株
コシヒカリの約1.5倍という大粒米「いのちの壱」。
2000年、下呂市萩原町の水田で偶然見つかった変異株2株がルーツです。
「龍の瞳」の名で、日本屈指の高級米になりました。
柿羊羹(大垣市)——竹の器に流し込んだ、まぼろしの柿
大垣の和菓子店つちやが、1838年(天保9年)に生み出したのが柿羊羹です。
4代目・槌谷右助が、岐阜特産の堂上蜂屋柿(どうじょうはちやがき)を使って考案しました。
当時の堂上蜂屋柿は、柿1個が米1升と同じ価値で年貢に納められたほどの高級品。
そのため廃藩置県までは、大垣藩主・戸田家に納めるための完全受注制でつくられていました。
竹を半分に割った器に流し込む独特の形は、いまも変わっていません。
ものづくり・技術の発祥 11選
食品サンプル(郡上市)——創始者は郡上八幡の人

レストランの店先に並ぶ精巧な食品サンプル。
これを事業化したのが岩崎瀧三(1895-1965)で、彼は郡上郡八幡町(現・郡上市八幡町)の生まれです。
1932年に大阪で製作所を設立し、記念すべき第1号はオムレツ。モデルは妻が作ったオムレツだったといいます。
そして1955年、「故郷の役に立ちたい」と郡上八幡に工場を建設。これが郡上を食品サンプルの町にしました。
なお事業化の地は大阪なので、正確には「創始者の故郷であり、彼が恩返しに選んだ町」です。
関の刃物(関市)——800年前に見つけた「土と水と炭」

「折れず、曲がらず、よく切れる」——関の刃物の代名詞です。
鎌倉時代、刀祖とされる元重・金重が関に移り住んだのが始まり。
この地を選んだ理由は、日本刀作りに欠かせない良質な焼刃土・水・松炭が揃っていたからでした。地形と地質が産業を決めた例です。
関市はドイツのゾーリンゲン、イギリスのシェフィールドと並ぶ世界三大刃物産地のひとつ。
ちなみに日本の会社で初めて安全カミソリを作った「フェザー」も、1932年にこの関市で生まれています。
美濃焼(多治見市・土岐市・瑞浪市・可児市)——食卓の食器の半分

東濃地方は日本最大の陶磁器産地で、国内の陶磁器生産量の約50%を占めます。
あなたの家の食器も、半分くらいは岐阜産かもしれません。
ちなみに「瀬戸物」と呼ばれているものの多くが、実は美濃焼だったりします。
ニュートリノ観測(飛騨市)——山奥の廃坑がノーベル賞を2つ生んだ
飛騨市神岡町の旧神岡鉱山。その地下1000mに、カミオカンデは作られました。
1987年2月25日、観測へ移行した直後に超新星爆発のニュートリノを世界で初めて検出。降り注いだ時間はわずか10秒間でした。
この功績で小柴昌俊が2002年、後継のスーパーカミオカンデでの成果により梶田隆章が2015年にノーベル物理学賞を受賞しています。
小柴氏の言葉が残っています。「ニュートリノはすべての人に同じように降り注いでいた。用意していたかどうかだ」
モザイクタイル(多治見市)——1人が技術を教えて、町ごと産地に
多治見市笠原町は全国一のモザイクタイル産地。
1930年に地元の山内逸三が釉薬をかけた磁器モザイクタイルを開発し、技術を仲間にも教えたことで町ぐるみの一大産地になりました。
水栓バルブ(山県市)——蛇口の産業が始まった町
山県市は「水栓バルブ発祥の地」を掲げ、関連企業が約100社集まっています。
始まりは1933年。名古屋で鋳造所を営んでいた北村静男が、故郷に分工場を開いたことからでした。
岐阜県の水栓バルブ出荷額は全国トップの約40%を占めます。
シクラメン栽培(恵那市)——日本で最初に育てた人
日本でシクラメンを最初に育てたのは恵那市東野。
大正12年、伊藤孝重がドイツから種を取り寄せて栽培に成功しました。
今も恵那・中津川は種苗の全国シェア8割を占めます。
シルクスクリーン印刷(郡上市)——無料の職人養成所から全国へ
Tシャツから自動車部品まで刷るシルクスクリーン印刷。産業としての発祥地が郡上八幡です(技術自体の発明は英国)。
1951年に開かれた食事も寝床も無償の職人養成所から、18年間で約2,500人が巣立ち、技術が全国へ広がりました。
イビデン(大垣市)——揖斐川の電力会社が、スマホの中に
イビデンは1912年、揖斐川の水力発電会社「揖斐川電力」として大垣市で誕生しました。社名は「揖斐川電気」の略です。
今はスマホやパソコンの心臓部を支える基板で世界トップクラス。あなたの手の中にも岐阜が入っているかもしれません。
美濃和紙・本美濃紙(美濃市)——1300年前の紙が正倉院に残っている
正倉院には大宝2年(702年)の戸籍用紙が残っています。美濃・筑前・豊前で漉かれたものです。
驚くのは、1300年前の美濃の紙が今の紙と同じ柔らかい肌ざわりを保っていること。技術が最初から完成していたということです。
最高峰の「本美濃紙」は、原料は楮のみ・薬品漂白なしなど厳格な要件を満たしたものだけが名乗れ、2014年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。
岐阜提灯(岐阜市)——盆提灯が、世界のインテリアになった
薄紙と細い竹ひごで作る棗型の岐阜提灯は、江戸時代に尾張藩への献上品として始まりました。
そして1952年、彫刻家イサム・ノグチが岐阜提灯をモチーフに照明作品「AKARI」を製品化。世界のデザイン史に残るあの照明の原型は、岐阜の盆提灯でした。
この提灯に貼る紙も、美濃和紙です。紙を漉く技術があったから、提灯という産業が岐阜で育ちました。
文化の発祥 9選
郡上おどり(郡上市)——30夜以上、4晩は徹夜

約400年続く郡上おどりは、日本三大盆踊りのひとつ。
7月中旬から9月上旬まで30夜以上という日本一のロングランで、お盆の4日間は夜通し踊り明かします。
見るのではなく、参加するもの。誰でも輪に入れます。
全10曲が国の重要無形民俗文化財で、2022年にはユネスコ無形文化遺産に登録されました。
長良川の鵜飼(岐阜市)——国家公務員の漁師

1300年続くといわれる長良川の鵜飼。ここには日本で唯一の存在があります。
宮内庁式部職鵜匠——つまり国家公務員の鵜匠です。しかも世襲制。
明治維新で保護を失い消滅しかけたため、1890年に宮内省が鵜匠に職員の身分を与えて守りました。
現在も年8回、皇室へ鮎を納める「御料鵜飼」が行われています。
さざれ石(揖斐川町)——君が代に詠まれた石

「さざれ石の巌となりて苔のむすまで」——国歌の一節です。
これは比喩ではありません。さざれ石(石灰質角礫岩)は実在します。小さな石が長い年月をかけて石灰分で固められ、巨大な岩になったものです。
揖斐川町春日には県天然記念物のさざれ石があり、平安時代に藤原朝臣石位左衛門がこれを見てあの歌を詠んだという伝承が残ります。
ただし『古今和歌集』では詠み人知らずとされ、さざれ石を名乗る場所も全国に複数あります。「そう伝わる場所のひとつ」として訪れるのが良さそうです。
口裂け女(岐阜県)——1978年、岐阜で生まれた都市伝説

マスクをした女性に「私、きれい?」と聞かれ、はいと答えるとマスクを外して裂けた口を見せられる。
噂が生まれたのは1978年12月の岐阜県だといわれ、マスコミでの初出は1979年1月26日の岐阜日日新聞でした。
そこから先が異常です。同年6月頃までにほぼ全国を制覇し、パトカーが出動した市、集団下校が実施された市まで出ました。
そして1979年8月、夏休みで子どもの口コミが途絶えると急速に沈静化します。
インターネットもSNSもない時代に、子どもの口伝えだけで半年で日本列島を横断した——情報の伝播という意味で、これほどの事例はそうありません。
元号「養老」(養老町)——元号が地名になった
717年、元正天皇が美濃国で美しい泉を見て「老いを養う」めでたい泉であるとし、元号を「養老」に改めました。
地名が元号になることはあっても、元号が地名になった——養老町の名はここから来ています。
地歌舞伎(東濃地方)——本家で消えた演目が村に残る
岐阜は地歌舞伎が日本一盛んな県で、30以上の保存団体が活動しています(全国最多)。
面白いのは、大歌舞伎では上演されなくなった演目や振付が、岐阜の村の舞台に残っていることです。
さるぼぼ(高山市)——他の土地で廃れたものが、飛騨だけに残った
飛騨弁で赤ちゃんを「ぼぼ」と呼ぶことから「猿の赤ん坊」。
元をたどると奈良時代に中国から伝わった人形で、他の土地では廃れたものが山あいの飛騨だけに残りました。今は「飛騨のさるぼぼ」として商標登録もされています。
安楽庵策伝(岐阜市)——落語の祖が生まれた町
落語の祖といわれる安楽庵策伝は、1554年に現在の岐阜市生まれ。
笑い話1,039編を集めた『醒睡笑』が落語の原型となりました(執筆したのは京都です)。
岐阜市は今も「笑いのまちづくり」を掲げています。
両面宿儺(高山市)——日本書紀に載る、顔が二つある人物
日本書紀に「飛騨国に顔が二つある宿儺という者がいた」と記された両面宿儺。
朝廷側では討たれた賊ですが、飛騨では地域を守った英雄として今も寺に祀られています。
企業の発祥 12選
ここからは、名前を知らない人がいない会社の話です。
どれも創業の地が岐阜——毎日のように目にしているのに、そうとは知られていません。
セリア(大垣市)——100円ショップは移動販売から始まった

全国2,100店超の100円ショップ「セリア」は、岐阜県大垣市生まれ。
1985年、スーパーの催事場などを回る移動販売として始まりました。
今も本社は大垣市にあります。創業から一度も移転していません。
ちなみに社名の「Seria」は、イタリア語で「まじめな」という意味です。
銀のさら(岐阜市)——宅配寿司は、サンドイッチ店から生まれた

宅配寿司「銀のさら」の出発点は、1992年に岐阜市で開いたサンドイッチ店でした。
そこで培った宅配のノウハウを寿司に応用し、1998年に宅配寿司1号店を岐阜市に出店。
やがて全国チェーンになりました(現在の本社は東京です)。
双葉社(岐阜市)——社名は、大横綱から

『クレヨンしんちゃん』『ルパン三世』を生んだ双葉社は、1948年に岐阜市で創業したとされます。
社名は当時の大横綱双葉山にちなむもの。
東京へ移ったのは、その4年後のことでした。
貝印(関市)——刀鍛冶の町で、20歳が始めたナイフ工場
爪切りや包丁でおなじみの貝印は、1908年に関市で創業しました。
廃刀令で仕事を失った刀鍛冶の技が刃物づくりへ受け継がれた町で、20歳の遠藤斉治朗が工員2〜3人のナイフ工場を始めたのが原点です。
ブランド〈関孫六〉の商標も初代のアイデア。
そしてこの同じ人物が、1932年にフェザーの前身も設立しています。1人の若者から、日本を代表する刃物メーカーが2つ生まれました。
西濃運輸(下呂市萩原町)——カンガルー便はトラック1台から
1930年、田口利八が岐阜県益田郡萩原町(現・下呂市)で「田口自動車」を創業したのがルーツ。
3年後に大垣へ移り、今も本社は大垣市にあります。
三井金属鉱業(飛騨市神岡町)——同じ鉱山から、ノーベル賞が出た
三井金属の発祥地は飛騨市神岡町。1874年に三井組が神岡鉱山の採掘を始めたのが始まりです。
そして同じ鉱山の地下から、のちにカミオカンデが生まれました。
未来工業(安八郡輪之内町)——「日本一休みが多い会社」
年間休日約140日、残業禁止、ノルマなし。それでいて創業以来赤字なしという電材メーカーです。
1965年、劇団の仲間数名が大垣市で始めた会社でした。社名の由来も劇団名です。
フェザー安全剃刀(関市)——日本の会社で最初の安全カミソリ
使い捨てカミソリでおなじみのフェザーは、1932年に関市で「関安全剃刃製造合資会社」として誕生。
日本の会社として初めて安全カミソリを作った会社です。本社は大阪ですが、工場は今も関市と美濃市にあります。
岐阜プラスチック工業「リス」(岐阜市)——収納ケースの本家
100円ショップやホームセンターで見かける収納ケースの「リス」ブランド。
1953年に大松幸栄が岐阜市で創業した岐阜プラスチック工業が本家で、本社は今も岐阜駅前です。
バロー(恵那市)——1号店は「主婦の店 恵那店」
スーパー「バロー」の1号店は、1958年に岐阜県恵那市で開いた「主婦の店 恵那店」。
本部は多治見市に移りましたが、登記上の本店は今も創業地の恵那市に残っています。
石塚硝子「アデリア」(可児市)——長崎で学んだ技が、可児で花開いた
レトロなガラス食器「アデリア」でおなじみの石塚硝子は、1819年に可児市土田で誕生。
長崎でガラスづくりを学んだ武家の次男・石塚岩三郎が開いたビードロ屋が、東海のガラス産業の先駆けでした。
飛騨産業(高山市)——誰も見向きもしなかったブナが、家具になった
家具産地として全国に知られる飛騨高山。その出発点が、1920年に高山で創業した飛騨産業(当時は中央木工)です。
誰も見向きもしなかったブナ材を曲木家具に変えたことから、「家具の飛騨」が始まりました。
深掘り|なぜ岐阜に、これほど発祥が多いのか

ここまで45個。
食べ物も、技術も、文化も、これだけのものが岐阜から生まれています。
なぜでしょうか。
答えは、地図を見れば分かります。
1567年、稲葉山城を攻め落とした織田信長は、城下町「井ノ口」を「岐阜」と改めました。
名付けたのは信長の教育係だった僧・沢彦宗恩(たくげんそうおん)。
由来は、中国の周の文王が天下統一の足がかりとした「岐山」と、孔子ゆかりの地「曲阜」を組み合わせたものです。
同じ時期、信長は「天下布武」の印を使い始めます。
つまり「岐阜」という名前は、ここが天下の中心だという宣言でした。
そして驚くことに、450年後の統計も同じことを言っています。
日本人全員が同じ体重だとして、日本列島を1本の針で支えられる点を「人口重心」といいます。
2020年の国勢調査による日本の人口重心は、関市中之保。
しかも人口重心が関市内にあるのは5回連続です。
1600年の関ヶ原の戦いも、岐阜県で起きました。
関ケ原は東西の街道が集まる隘路(狭い通り道)で、東から来る軍と西から来る軍が必然的にぶつかる場所だったからです。
真ん中にあるということは、人とモノが通り抜けるということです。
旅役者が来れば地歌舞伎が根づき、街道が交われば関ケ原で天下が決まり、隣の一宮とは食文化を分け合う。
良質な土と水と炭があれば刃物の里になり、その紙漉きの技術が傘と提灯を育てる。
通り道であること。それが、岐阜にこれほど発祥が多い理由です。
番外編|実は岐阜発祥じゃない!勘違いされがちなもの6選
飛騨牛(岐阜県全域)——1頭の牛から始まったブランド

飛騨牛のルーツは安福号(やすふくごう)という1頭の種雄牛。
1980年に兵庫県で生まれ、翌年に岐阜県が購入しました。
その子孫は繁殖母牛を含め約3万9,000頭。
つまり飛騨牛は「岐阜で生まれた牛」ではなく、岐阜が見出して育てたブランドです。
岐阜タンメン——「岐阜」の名は、恩返しだった

真っ赤な辛味ニンニクを溶かして食べる岐阜タンメン。
名前に「岐阜」と付いていますが、1号店は愛知県稲沢市です。
2009年、稲沢市に開いた屋台「タンメン専門店 板谷」が始まりでした。
ところが当初は閑古鳥が鳴き、閉店寸前まで追い込まれます。
転機は翌2010年、岐阜市への出店でした。
ここで大ヒットし、店は生き返ります。
つまり「岐阜タンメン」という名前は、潰れかけた店を救ってくれた岐阜の人たちへの感謝を込めたもの。
発祥地の名前ではなく、恩人の名前だったわけです。
ちなみに発祥の稲沢の店は2020年に閉店しています。
岐阜発祥ではないけれど、岐阜がなければ存在しなかった——そんなラーメンです。
モーニング——発祥は愛知、でも「日本一」は岐阜

コーヒー1杯にトーストとゆで卵が付いてくる、あのモーニング。
発祥は愛知県一宮市という説が最有力です。
繊維工場の騒音で商談ができず、喫茶店が応接室代わりになった——繊維産業と一体で生まれた文化でした。
ただし、一宮市自身が調査した結果、「最初の店」は特定できていないと公表しています。
同じ1956年に広島市の店も始めており、実は三つ巴なのです。
では岐阜は何なのか。
岐阜市の喫茶代は全国1位です。
総務省の家計調査(2019〜2021年平均)で一世帯あたり12,921円。
東京都区部の10,957円を抜き、全国平均6,522円の約2倍。
人口あたりの喫茶店数も全国2位です。
しかも岐阜のモーニングは、茶碗蒸しやうどん、焼きそばまで付くことがあり、朝から夕方までやる「1日中モーニング」という独自進化まで遂げています。
発祥は譲っても、日本一は渡さない。
岐阜の喫茶文化は、そういう強さを持っています。
ベトコンラーメン——こちらも一宮発

ニンニクと唐辛子をきかせたベトコンラーメンも、1969年に愛知県一宮市で開業した「新京」が元祖とされます。
まかないで作っていた一杯を、店主が満洲時代に食べた湯麺の味に近いと気づき、品書きに加えたものでした。
名前はベトナム戦争のベトコンから。
のちに時代にそぐわないと考え、「ベスト・コンディション」の略と説明し直したそうです。
ただし提供エリアは愛知の尾張地方と岐阜の美濃地方にまたがり、資料によっては「一宮市あるいは岐阜市が発祥」と両論併記されています。
岐阜でも古くから地元の味として定着しているためです。
鬼まんじゅう——発祥ではないけれど、岐阜だけ四角い

サツマイモの角がゴツゴツと突き出た、素朴な蒸し菓子。
発祥を示す史料は残っておらず、名古屋を中心に東海地方へ広がったとされます。
ただ岐阜には面白い特徴があります。
岐阜県では四角い形の鬼まんじゅうを売る店が複数あるのです。
名古屋のものは角が立った不定形ですが、岐阜では整った四角。
同じお菓子でも、県が違うと形が変わります。
さらに土岐市には「関の太郎」という鬼の昔話が伝わり、地元の鬼伝説と結びつけて売られています。
流しそうめん——元祖を名乗る店が郡上にある

郡上市の阿弥陀ヶ滝荘が「元祖 流しそうめん発祥の地」を掲げています。
ただし宮崎県の高千穂峡も発祥を主張しており、決着はついていません。
「岐阜にも元祖を名乗る店がある」——そのくらいの距離感が正確なところです。
ここまで5つ、いかがでしょうか。
気づいた方もいるかもしれません。
岐阜タンメン、モーニング、ベトコンラーメン——3つとも愛知県一宮市です。
一宮市と岐阜市は、木曽川を挟んで隣り合っています。
県境はあっても、生活圏はひとつ。
だから食文化も自然に行き来し、「どちらが発祥か」が曖昧になるのです。
ちなみに、その愛知県の側にも「実は愛知発祥」がたくさんあります。
気になる方は愛知・名古屋発祥のもの18選もあわせてどうぞ。
まとめ|岐阜は「通り道」だった
「岐阜って、何があるんだっけ?」
最初にそう書きました。
けれど答えは、ありすぎて気づかなかった、が正しいのかもしれません。
次に岐阜を通りかかったら、少しだけ足を止めてみてください。
「何もない」と思っていた場所に、日本の元号も、ノーベル賞も、世界三大刃物産地もあります。
👇動画でも解説しています、気になる方はこちらを👇
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