天むすも味噌カツも三重発祥!名古屋名物の意外なルーツ22選

名古屋旅行の定番といえば、味噌カツ、天むす、ひつまぶし。
「せっかく名古屋に来たんだから」と、この3つを食べ歩いた経験がある方も多いのではないでしょうか。

ところが——この3つ、どれも三重県にルーツをたどれると言われたら、信じられますか?

それだけではありません。
全国のスーパーでおなじみのイオンも、子どものおやつの定番ベビースターラーメンも、夏の必需品あずきバーも、生まれは三重。
気がつけば、私たちの生活のあちこちに「三重生まれ」が入り込んでいます。

なぜ三重には、これほどの「発祥」が集まっているのでしょうか。
答えは、伊勢参りの街道と、伊勢湾の恵み、そして京都・奈良に近いという地の利——つまり地形と歴史にあります。

今回は、三重県民でも意外と知らない「三重発祥」を22個、たっぷり紹介します。
発祥に諸説あるものは、そのことも正直にお伝えしながら進めますね。
最後には「なぜ津市にこれほど集中するのか」という謎解きもお楽しみに。

三重県の地図イラスト
三重県。伊勢湾と熊野灘、鈴鹿山脈と紀伊山地に囲まれ、京都・奈良・名古屋が隣接します
目次

名古屋名物だと思っていませんか?実は三重発祥の「食」5選

天むす(津市)——発祥がハッキリしている稀有な名物

天むす(三重県津市発祥)
天むす。エビの天ぷらをご飯で包んだ小さなおむすびが、津市の天ぷら屋から生まれました

エビの天ぷらをご飯で包んだ小さなおむすび、天むす。
名古屋名物として全国に知られていますが、発祥は津市大門の「めいふつ天むすの千寿」です。
数ある名物の中でも、発祥がここまでハッキリしているのは実は珍しいことです。

始まりは、忙しい天ぷら屋の奥さんが、旦那さんのために賄いとして作ったエビ天入りのおむすびでした。
常連客への裏メニューを経て商品化され、やがて天ぷら屋そのものが天むす専門店になってしまいます。

名古屋に渡ったのは1980年ごろ。
名古屋・大須で商売を考えていた女性が、津で食べた千寿の天むすの味が忘れられず、店だけでなく自宅にまで1ヶ月通い続けて、のれん分けを許されたのがきっかけです。
このとき夫妻が出した条件が「天むすを世間に広めないこと」。
皮肉なことに、その後、天むすは名古屋名物として全国区になりました。

ちなみに店名の「めいふつ」がひらがなで濁点なしなのは、「これから名物に育て上げる」という思いを込めて、あえて「名物」と名乗らなかったから。
控えめな店名に、津の人らしい奥ゆかしさがにじみます。

味噌カツ(津市)——「元祖」を名乗らない元祖

味噌カツ
味噌カツ。元祖とされる洋食店は津市にあります

味噌カツ発祥の店とされるのが、津市の洋食店「カインドコックの家 カトレア」
1965年の創業時から、洋食に親しんでほしいと味噌をソース仕立てにしてトンカツにかけた一皿を出してきました。
名古屋のこってりした味噌ダレと違い、カトレアの味噌はさらっとしたソースに近いのが特徴です。

ただし、正直にお伝えすると、味噌カツの発祥には諸説あります。
トンカツに味噌を合わせる発想は東海地方の複数の店で生まれたとみられ、カトレアのシェフ自身も「元祖とはうたっていない」と語っています。
面白いのは、津市観光協会の方のこんな言葉です。

「津の人はあまりぐいぐい自己主張する気質がないので、せめて味噌カツは発祥の地だと思いたいんです」

元祖争いに熱くならない、この控えめさこそ三重らしさなのかもしれません。

ひつまぶし(津市)——ルーツは津の賄い料理という説

刻んだうなぎをご飯にまぶし、薬味やお茶漬けで味を変えながら楽しむひつまぶし。
名古屋の名店が有名ですが、実は津市もひつまぶしのルーツを名乗る土地です。

津市は知る人ぞ知るうなぎの町。
明治8年創業の老舗「つたや」には、大きさが不揃いだった天然うなぎを無駄にしないよう、細かく刻んで賄いにしたのがひつまぶしの原型という話が伝わります。

ただし、ひつまぶしの成り立ちには諸説あり、料理として先に世に出したのは名古屋の店とされています。
「ルーツのひとつは津にあったかもしれない」——そのくらいの距離感で楽しむのが正解です。
確かなのは、津市が人口あたりのうなぎ消費量で全国トップクラスの「うなぎの町」だということです。

赤福(伊勢市)——名古屋土産ではありません

赤福餅(三重県伊勢市)
伊勢名物・赤福。名古屋みやげと思われがちですが伊勢の銘菓です

新幹線の名古屋駅で誰もが目にする赤福。
「名古屋銘菓」と思っている方が今も少なくありませんが、パッケージに堂々と書いてある通り、伊勢神宮のお膝元・伊勢市の名物です。
創業は約300年前。
「赤心慶福(せきしんけいふく)」——赤子のような偽りのない真心——という言葉が名前の由来です。

では、なぜ名古屋であんなに売られているのか。
赤福の消費期限は夏場でわずか2日。
遠くへは配送できないため、伊勢から名古屋へ特急電車で毎日運んで販売しているのです。
名古屋で買えるのは、伊勢が「ぎりぎり届く距離」だから。
地理が生んだ誤解というわけです。

しぐれ煮(桑名市)——元祖はハマグリ

牛肉のしぐれ煮でおなじみの「しぐれ煮」も、元祖は桑名市のハマグリのしぐれ煮とされています。
桑名は江戸時代に徳川家へハマグリを献上したほどの産地。
生姜を効かせて甘辛く煮る製法が、のちに牛肉やあさりへ広がりました。

「その手は桑名の焼き蛤」という言葉遊びが江戸で流行ったほど、桑名=貝の町は全国区だったのです。

まだある!三重発祥のグルメ 8選

いちご大福(津市)——元祖を名乗る店のひとつ

いちご大福
いちご大福。元祖を名乗る店のひとつが津市にあります

いちご大福は全国に「うちが元祖」を名乗る店が複数ありますが、津市の「とらや本家」はその有力な一軒。
1985年、いただきもののイチゴと求肥のお菓子を一緒に食べたら美味しかった——という偶然から生まれました。
当時は「生の果物を和菓子に入れるなんて」と異端扱いされたそうです。

ちなみに、いちごの品種「かおり野」も三重生まれ。
いちごが身近な土地柄が、いちご大福の発想につながったのかもしれません。

たい焼き(津市)——発祥の店のひとつと言われる日の出屋

たい焼き
たい焼き。発祥の店のひとつとされる日の出屋が津市にありました

たい焼きの発祥には諸説ありますが、津市大門にあった「日の出屋」も発祥の店のひとつと言われています。
津藩主・藤堂高虎が鯛を好んだことにちなみ、鯛の形のお菓子を考案したという説です。
商標登録をしなかったため、たい焼きは全国へ広まっていきました。

日の出屋はすでに閉店していますが、三重は今もたい焼き店が多い土地。
伊勢のおはらい町の専門店など、たい焼き文化はしっかり受け継がれています。

トンテキ(四日市市)——工場の町のスタミナ飯

分厚い豚肉をにんにくと濃いタレで焼き上げるトンテキは、四日市市の「來來憲」が発祥とされます。
コンビナートで働く労働者を元気にしようと生まれたスタミナ料理。
豚肉のビタミンB1、キャベツ、にんにく——疲労回復の理にかなった組み合わせです。

さんま寿司(熊野市)——神社の祭りが原点

熊野灘のさんま寿司は、熊野市有馬町の産田神社が「発祥の地」とされ、境内には記念碑も立っています。
例祭で子どもに骨付きのさんま寿司を食べさせるのは「気骨のある子に育ってほしい」という願いから。
紀伊半島南部に広がる郷土料理の、原点とされる場所です。

亀山みそ焼きうどん(亀山市)——焼肉店の裏メニューから

複数の高速道路が交わる亀山は、昔からトラック運転手の休憩地。
焼肉店「亀八食堂」で、味噌ダレの焼肉の締めにうどんを焼いたのが始まりです。
ピリ辛の味噌ダレが絡んだ熱々のうどんは、ご当地グルメの大会でも高く評価され、今や全国区になりました。

松阪牛(松阪市)——農耕牛から世界のブランド牛へ

松阪牛の霜降り肉
松阪牛。農耕用の牛から世界のブランド牛へ

言わずと知れた松阪牛も、もちろん三重発祥。
江戸時代は農耕用だった牛が、明治の食文化の変化とともに食肉用へ転じ、日本を代表するブランド牛になりました。
食欲が落ちた牛にビールを与えることがあるという逸話は有名ですね。

あずきバー(松阪市)——「作れそうな気がする」から始まった井村屋

夏の定番あずきバーの井村屋は、1896年に松阪市で創業
創業者の井村和蔵は、お菓子作りの経験がないのに「作れそうな気がする」という理由でようかん作りを始めたと伝わります。
その大胆さが、130年続く企業の出発点でした。

ベビースターラーメン(津市)——おやつカンパニーの原点

ベビースターラーメンを作るおやつカンパニーの本社は津市。
前身の会社が1959年に「ベビーラーメン」として発売して以来、半世紀以上愛されるロングセラーです。
津市には工場一体型テーマパーク「おやつタウン」もあり、揚げたてのベビースターが食べられます。

食べ物だけじゃない!三重発祥の企業・文化 6選

イオン(四日市市)——1758年創業の小売店から

全国のイオンモールの原点は、四日市市の呉服小物商「岡田屋」
創業はなんと1758年です。
1970年に他社と合併してジャスコとなり、2001年にイオンへ。
江戸時代の小さな店が、日本最大級の流通グループになりました。

三井財閥(松阪市)——「三越」のルーツは松阪商人

日本三大財閥のひとつ三井家のルーツは、商人の町・松阪です。
松阪生まれの三井高利が江戸で開いた「越後屋三井呉服店」が、のちの三越
「三井」の「越後屋」だから三越です。
現金掛け値なしの新商法で江戸を席巻した高利の生家跡は、今も松阪に残っています。

オブラート(玉城町)——世界の薬を飲みやすくした発明

オブラート
オブラート。玉城町出身の医師が柔らかいオブラートを発明しました

苦い粉薬を包むオブラート。
柔らかいオブラートを発明したのは、玉城町出身の医師・小林政太郎です(1902年)。
それまでのオブラートはせんべい状で、水でふやかす手間が必要でした。
小林の「柔軟オブラート」は世界各国で特許を取得し、世界中の薬の飲み方を変えました。

ちなみに正しい使い方は、薬を包んだらコップの水にくぐらせてゼリー状にしてから飲むこと。
口の中で破れて苦い思いをしていた方、ぜひ試してみてください。

真珠の養殖(鳥羽市)——世界初はミキモト真珠島から

真珠のネックレス
真珠。世界初の養殖成功は鳥羽の相島(現・ミキモト真珠島)でした

天然では1万個の貝に1個あるかないかだった真珠。
1893年、鳥羽の相島(おじま)で御木本幸吉が世界で初めて養殖に成功しました。
相島は現在「ミキモト真珠島」と呼ばれ、「養殖真珠発祥の地」として観光地になっています。

養殖に成功した今でも、真珠1粒には4〜5年かかります。
三重の真珠養殖は英虞湾・的矢湾へと広がり、世界のジュエリー市場を支え続けています。

日本初の本格サーキット(鈴鹿市)——「サーキット文化」はここから始まった

日本で初めての本格的なレーシングコースが生まれたのは、1962年の鈴鹿です。
ホンダ創業者・本田宗一郎の「レースをやらなければクルマは良くならない」という信念から誕生し、以来、日本のモータースポーツ文化はここを起点に育ってきました。
F1日本グランプリの舞台としておなじみの、あの鈴鹿サーキットです。
丘陵地形を活かしたアップダウンの激しいコースは、世界のドライバーから「テクニカル」と評されます。
地形がコースの個性になった好例です。

黒にんにく(尾鷲市周辺)——健康食品の意外な故郷

熟成させて甘くした黒にんにくは、1999年ごろ、三重県の尾鷲市周辺で開発されたとされています
その後、三重県内のメーカーが全国へ広めました。
今や海外でも人気の健康食品のルーツが、熊野灘の港町にあるというのは意外な事実です。

歴史に残る三重の発祥 3選

伊賀忍者(伊賀市)——服部半蔵のふるさと

伊賀上野城(三重県伊賀市)
伊賀上野城。京・奈良に近く山に囲まれた伊賀は、忍者が生まれる地形でした

忍者のふるさとといえば伊賀。
徳川家康に仕えた服部半蔵を輩出した伊賀は、京都・奈良に近く情報が集まり、山に囲まれて身を隠しやすい——忍者が生まれるべくして生まれた地形でした。

ちなみに、よくライバルとして描かれる伊賀と甲賀、実際は敵対しておらず協力関係にあったとされています。
今も伊賀市と甲賀市は「忍者の日」を一緒に制定するなど、仲良く交流しています。

九鬼水軍(尾鷲市)——海の戦国武将

戦国時代、リアス海岸の入り組んだ尾鷲・九鬼町を本拠地にしたのが九鬼水軍です。
九鬼嘉隆は織田信長のもとで鉄甲船を率いて毛利水軍を破り、「海の武将」として歴史に名を残しました。
深い入り江が天然の軍港になる——これも地形が生んだ歴史です。

紀州犬(御浜町)——熊野の山が育てた狩猟犬

天然記念物の紀州犬は、熊野の山々でイノシシ猟に活躍した狩猟犬で、御浜町周辺が原産とされています。
オオカミの血を引くという伝承を持つ精悍な白い犬ですが、近年は登録数が減少しており、貴重な存在になりつつあります。

深掘り:なぜ「津市」にこれほど集中するのか

伊勢神宮おはらい町の賑わい
伊勢神宮のおはらい町。年間数百万人が伊勢を目指した街道文化が、三重の食を育てました

ここまで読んで、気づいた方もいるのではないでしょうか。
天むす、味噌カツ、ひつまぶし、いちご大福、たい焼き、ベビースターラーメン——発祥の多くが津市に集中しています

理由は、津が「伊勢参りの玄関口」だったことにあります。
江戸時代、「お伊勢参り」は庶民の一大イベントでした。
年間数百万人が伊勢を目指した街道沿いの宿場町には、旅人にふるまう食文化が発達します。
津は伊勢街道の要衝で、「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ」と伊勢音頭に歌われたほどの門前都市でした。

人が集まる場所には、食の工夫が生まれる。
旅人向けに片手で食べられる天むすや、手早く出せる丼もの。
城下町として武家と商人の文化も混ざり合う。
街道と参宮文化という「人の流れの地形」が、津を発祥の町にしたのです。

さらに三重全体で見ると、伊勢湾と熊野灘という2つの海、鈴鹿山脈と紀伊山地という山々、そして京都・奈良・名古屋に囲まれた立地。
海の幸、山の幸、都の文化が交差する場所——それが「発祥の宝庫・三重」の正体です。

まとめ:三重は「主張しない実力者」

二見浦の夫婦岩(三重県伊勢市)
伊勢・二見浦の夫婦岩。海と山と街道が交差する三重は、静かに日本の暮らしを支えてきました

天むすの千寿は「名物」と名乗らず「めいふつ」と書き、味噌カツのカトレアは「元祖」を名乗らない。
それでも、生み出したものは名古屋名物として全国に愛されている——三重は、そんな「主張しない実力者」の県でした。

次に名古屋で味噌カツや天むすを食べるとき、ふと「これ、生まれは三重なんだよな」と思い出してもらえたら。
そして機会があれば、ぜひ発祥の店まで足を延ばしてみてください。
津は名古屋から近鉄特急でおよそ50分。
「本家の味」は、意外とすぐそこにあります。

そして実は、三重がすごいのは「発祥」だけではありません。
あなたの家の台所にも、コンセントにも、三重で作られたものが必ずと言っていいほどあります。
その話は、また別の機会に。

📺 動画でも三重県の意外な発祥を解説していますのでご覧ください!

あわせて読みたい(東海の発祥・日本一シリーズ)

🐻 わくわく地理マップ

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